子どもの問題行動は適応行動
「子どもの問題行動は、適応行動である」という言葉があります。
子どもの「問題」とされている行動は、その子なりの「適応」なのである、という意味です。
「ウソつきの子」なのではなく、「ウソをついて自分を守らなければいけない」。
「乱暴な子」なのではなく、「自分の気持ちを言葉にすることができない」。
「目立ちたがりな子」なのではなく、「目立つことでしか見てもらえない」。
どんなに問題だと思われる行動でも、生き残るためにしている適応なのであって、本人は悲しみを抱えながらそうしている。
それが、「子どもの問題行動は、適応行動である」という言葉の意味です。
WINGの5年間は、この言葉の大切さを教えてくれる日々でした。
「この子は、とんでもない悪さをしでかしますよ!」と言われていた子が、その子なりの悲しみを抱えていました。
Aさんは、そんな子の一人でした。
同級生に暴言をいい、配られたプリントはビリビリに破き、注意した教師に暴力を振るう。
そんな状態で学校に行かなくなり、親の勧めでWINGに来ることになりました。
最初は楽しく過ごしていましたが、やはりトラブルが起きてきます。
言い合い、ケンカ、ルールの逸脱…
日に何度もトラブルを起こすAさんは、悩みの種でした。
ある日、クラスメイトを殴って泣かせてしまったAさんに「どうしてなぐったの?」と聞きました。
すると、Aさんは「言いたくない」とこたえました。
キッとこちらを睨み、固く心を閉ざしている様子でした。
「何か理由があったはずだろ?それを教えてくれよ」というと、Aさんはふっと目をそらして、
「やだよ。だって、俺が言っても誰も信じてくれないじゃん」と、静かに言いました。
その時のAさんの悲しそうな顔は、今でも忘れられません。
きっと、「他人を信じたら大変な目に遭う」と思わざるを得ない、つらい過去があったのでしょう。
誰にも信じてもらえず、反発しながら生きてくるしかなかったAさんの苦しみが感じられて、胸が痛くなりました。
この子もまた、悲しい子でした。
「子どもの問題行動は、適応行動である」
Aさんの「問題」とされている行動は、Aさんなりの「適応」でした。
もちろん、だからといってその行動が許されるわけではありません。
どうしていけばいいのか、子どもと一緒に考えます。
しかし、その時に、「この子もまた、悲しみを抱えている」という考えがあると、関わり方が違ってきます。
「あの子はとんでもないヤツだ」「厄介な子だ」「どうしようもない」と考えてしまいたくなる心は、いつだってあります。
そんな時に「この子は、なぜそうせざるを得ないのだろうか?」と考え、子どもを敵としてではなく、困っている友としてみることが、現実を変えていくのかもしれませんね。
(文責 スミス)